「国家と革命」その1

 
 浅学非才の私では、レーニンの「国家と革命」を説明するのは容易ではない。

 ただ、最近のツイッター等を見ていて、国家に関するメチャクチャな表現を見ていて、重い腰を上げざるを得なくなった。

 安倍政権の様々な動きに対して、以下のような批判を目にする時がある。
 「このままでは、北××以下の国家だ。」
 「民主国家とはもう言えない。」
 「戦後守り抜いてきた平和国家」 などなど。

1) 国家論の研究

 レーニンがいつ頃から国家に関する研究を始めねばならなかったのかは、私には定かではないが、第一次世界大戦(1914〜1919)がはじまるや、西欧の社会主義政党は、「万国のプロレタリアよ団結せよ」などあっさりと放棄し排外主義を唱え、自国の戦争に協力する姿勢を示した。
 このような状況に「国家」とは何か、また、このような潮流に対してマルクス主義者はどのように対応すべきかを示さなければならなくなったのであろう。

 レーニンは以下のように述べている。

マルクス主義の歪曲が前代未聞で広がっている今、
われわれの任務は、なによりもまず、
マルクスの真の国家学説を復興することにある

 と述べて、マルクスとエンゲルスの国家論を詳細に研究している。

 1916〜17年にチューリヒにいたレーニンは図書館に通い、マルクスとエンゲルスの著作から国家に関する学説を書き出している。
 しかし、1917年の夏には地下に潜入することを余儀なくされるが、この研究を続けた。しかし、1918年の二月革命が勃発し、革命運動に没頭するため研究は中断される。

国家と革命執筆中

 1918年5月になって、「マルクス主義の国家学説と革命におけるプロレタリアートの任務」という副題をつけて「国家と革命」は刊行された。

 その2では、「国家論ノート」について簡単に触れたいと思う。が、私の力量で平易に書くことが可能かどうか? ただ、「国家論ノート」も「国家と革命」も、初めて読んだ時の驚きは今も忘れない。

 上の絵は、ケレンスキー政府の追求を逃れて、ロシア・フィンランド国境のラズリフ湖畔で草刈り農民労働者に変装して掘建て小屋に住み、その近くにあった切り株をある時は椅子代わりに、ある時は机代わりにして「国家と革命」を執筆したという。

追記…レーニンの憲法についての説明

 レーニンが1905年に示した憲法についての説明がある。
 2020年に改悪された憲法を施行するとアベは喚いているが…。

 憲法とは、いったい、なにか?
 人民の権利が書き込まれている文書である。
 これらの権利が真に承認される保障は、どこにあるか?
 これらの権利を自覚し、それを獲得することができた人民諸階級の実力にある。

レーニン全集9巻 「戦闘の中休みに」より

トータル:117 本日:2 昨日:15