西遊記と三国志

 西遊記を初めて読んだのは、小学校三年生のときである。

 小中学校時代は、体が弱く、疲れるとすぐに咽頭炎となり39度をこえる熱が出て一週間前後学校を休まねばならなかった。

 しかも一ヶ月に一回ほどこの咽頭炎に悩まされた。そのため、年間欠席日数は50日をこえていた。
 小学校の通知表を見ると、6年間で300日をこえる欠席日数である。

 たまたま学校の図書館から借りてきた西遊記。そして借りてきた翌日から熱で寝込んでしまった。
 その時、寝ながら読んだのが西遊記だ。

西遊記

 いかなるものも滅ぶことに対する恐怖から、この猿が神通力を得るために修行に出かけたことを知った。

 その後、頻繁に学校から借りてきて何度も読んだ。そのうち、母が岩波少年文庫の「西遊記」を買ってくれた。
 そして中国文学にのめり込み、三国志演戯や水滸伝や史記や聊斎志異などを片っぱしから読んだ。小学校高学年では、吉川英治の三国志や平凡社の古典文学大系の西遊記を読んでいた。

 今でも、この西遊記と三国志演戯は、ストーリーはほぼ覚えている。この二冊は何度もなんども読んでいる。

庶民文化の底力であろう

 三国志は、唐代に貴族の家などで婚礼などの祝い事の時にお話として披露されていたという。が、なんといっても話が洗練されて人々に伝わるのは、明の時代以降であろう。

趙雲

 西遊記や三国志は明の時代には、講談として大都市で演じられていたらしい。

 三国志の「長坂の戦い」に於ける趙雲の活躍、西遊記における牛魔王との戦いなどは、映画などで映像化されているが、やはり、本で読んだ方がはるかに迫力がある。

 また、神仙思想や儒教道徳や、さらには陰陽五行説の影響をうけたであろうお話が盛りだくさんである。

 何百年とかけて、多くの人たちが聴衆の想像力をかきたてるように作ったものだからだろう。

 私は、その後、「千夜一夜」「イリアス」「オデッセイ」などの世界の古典をなんども読んだ。いずれの地のものでも、数百年、もしくは数千年の風雪に耐えた文学は、お見事である。

 一般に文学などは上部構造の一部だが、下部構造が変遷しても、世界に残っている古典には、現代の人々の心を動かす力が残っている。
 この部分の究明は、学問的にはかなり困難なものではないのだろうか。

 ただただ、高熱で寝込んでいたために目にすることができた古典だ。

 が、失ったものも多々ある。子供の時に、桜の花は家の窓から見えていたが、熱が下がって外に出ればもう散り始めていたり。
 特に、桜の時期に体を壊すことが多かった。

 そのためか、桜はあまり好きな花ではない。どこか熱で寝込んでいた時のことが思い出されるからかもしれない。

 日々のなかのある日のことでございます。夜々のなかのある夜のことでございます。…千夜一夜の冒頭の言葉。
 翼ある言葉を捧げていう…イリアスやオデッセイによく出てくる言葉。

 なお、私は中学までの義務教育9年間で欠席日数は400日を超えている。一年半以上学校を欠席していたことになる。
 おかげで、自力で勉強しなければいけなかった。

 さすがに、高校では微分を習った途端に風邪をひいて学校に戻ると積分に。ついていくのが大変だった。一浪してやっと大学に合格したが。

 まぁ、学校などそれほど真面目に行かなくてもなんとかなるものだと私は思っている。

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